夕張廃墟ツアー!夕張炭鉱や夕張メロン・財政破綻で知られる街の『圧倒的な廃墟感』とは?

のなかあき子

ライター&イラストレーター

『夕張』という地名には、どんなイメージをお持ちでしょうか。おそらくナンバーワンは『夕張メロン』。オレンジ色で瑞々しい果肉の夕張メロンは、北海道土産のゼリーやキャラメルのフレーバーとしてもおなじみですよね。

『炭鉱』『幸せの黄色いハンカチ』と答えた方は、高度成長期の日本を支えた方々でしょうか。映画ファンなら『夕張ファンタスティック映画祭』を思い浮かべるかもしれません。クエンティン・タランティーノ監督は夕張滞在中に『パルプ・フィクション』のシナリオを執筆したそうです。

そして一番記憶に新しいのは2006年の『夕張市財政破綻』でしょうか…負債総額は632億円、自治体の破産は衝撃的なニュースでした。

あれから16年。現在の夕張は、一体どんな場所になっているのでしょうか?

夕張市ってどこにある?

北海道のほぼ中央、札幌から約60km、新千歳空港から約40kmの場所にあります。

(札幌から)
車:道央自動車道経由で約90分
バス:中央バス『高速ゆうばり号』、夕鉄バスで約100分
電車:JR札幌駅〜新夕張駅まで『特急おおぞら』『特急とかち』で約70分
(新千歳空港から)
車:道東自動車道経由で約60分

夕張市はどんなところ?

明治時代中期から「炭都」として栄え、1960年の最盛期には人口11万人を抱えるまでに発展した夕張。しかし安価な輸入石炭の影響や、石油へのエネルギー転換により、1970年代には不況に。炭鉱事故や閉山が相次ぎ、石炭の時代は終わりました。

1980年代に夕張は『タンコウ(炭鉱)からカンコウ(観光)に』というスローガンを掲げ、大型遊園地やホテル、博物館やゴルフ場などの観光施設がバンバン建設されました。

実は筆者はうっすら当時の夕張のことを覚えています。バブル期の1980年代後半頃、札幌に住む祖父母と共に夕張を訪れたのです。記憶の中の私は、祖父母と共に大型レジャー施設の中に立ち、割り箸に刺さった夕張メロンを食べながら「赤いメロンは美味しいなあ」と笑っています。背景には緑色のゲートや遊具、大勢の家族連れの姿。写真こそありませんが、今も記憶に残っています。

札幌〜富良野経由〜夕張へ

2021年夏、祖父母の墓参りを期に、久々に夕張に向かいました。せっかくなので富良野経由で行くことに。ラベンダーの盛りは過ぎていましたが、花に彩られた風景の美しいこと。富良野滞在時のスマホのカメラロールは、絵本の中の世界のように優しい色合いの画像で埋め尽くされています。

富良野から夕張へは約100km、2時間弱のドライブです。途中、道に野良犬が現れました。ひかないようにスピードを緩めると…よく見ると犬ではありません。キツネ…野生のキタキツネです。餌付けが問題になっているとは聞いていましたが…人への依存を覚えてしまうと、ここまで警戒心のない表情になってしまうのです。

車に轢かれないでね!

廃墟感漂う夕張市

夕張市に入りました。市内は大きく分けて、市役所がある中心地「本町・若葉地区」、シューパロ湖がある「清水沢、南部地区」、夕張メロン農家が多い「沼ノ沢、紅葉沢地区」の3カ所に分けられます。まずは「清水沢、南部地区」に入ります。

曇り空が水面に映る湖が目に入りました。ダムによって形成された人造湖のシューパロ湖です。湖の底には、炭鉱で栄えた大夕張地区が沈んでいます。最盛期には25000人が住んでいましたが、1973年に閉山して過疎化し、住民は移転。2014年に湖の底に沈みました。このあたりからスマホのカメラロールから色彩が失われ始めました。

工事現場のプレハブかと思ったら、2019年に廃駅になった「清水沢駅」跡でした。1897年(明治30年)に開通、石炭を運ぶ貨物が往来しましたが、路線廃止に伴いその歴史に幕を降しました。駅名の看板は消え、再活用される気配もなさそうです。ちなみにこの一帯の商業地は、全国地価下落率ナンバーワンを記録しています。

少し車を走らせて、中心街の「本町・若葉地区」に入りました。一番人口が多い地区のはずですが、通りには人の姿はなく、築浅と思われる住宅が並んでいます。私の中の夕張は80年代から止まっているので「まずは夕張メロン」と心躍らせながら販売所を探しましたが、どこにも見当たりません。

やっとメロンの直売所を発見しましたが、シャッターは閉ざされていました。看板は色鮮やかで、廃業しているのではないとは思いますが…。

スキーリゾートとして賑わったホテルマウントレースイを発見しました。第三セクターや民間企業に経営が渡りながら、2020年に破産。デザインかもしれませんが、ひび割れたような外壁に哀愁を感じます。

傾いているのは、車窓から撮ったから

やはり人の気配が感じられません。「交通安全」の旗がこれでもかと並びますが、何に気をつけたらいいのでしょう?

圧倒的な廃墟感に負けずに

やっと『石炭博物館』にたどりつきました。のぼりの向こうに『夕張希望の丘』と記された碑が見えます。この向こうには花畑牧場の施設がありましたが、2019年に閉店しています。

敷地内にはかんげいハウス『エル・ド・ラド』がありました。シャッターは硬く閉ざされています。…アンデスの奥地にあるとされる伝説の黄金郷『エル・ドラド』…ここに黄金郷ならぬ炭鉱郷が、本当に存在したのでしょうか?

「圧倒的な廃墟感に負けずどんどん進もう!」訪れる人々の心を代弁する、自虐的かつ強い意志を感じる看板が目の前に現れました。しっかり250m進むと、駐車場がありました。

車を止めて、少し散策。トンネルを発見しました。上には『ようこそ石炭博物館へ』歓迎とかいてあるようでしたが、伸び放題の植物に隠されています。脇に立つマスコットキャラクターの「ゆうちゃん」の色は鮮やかでした。人形ではあっても、子供の姿は気分を明るくさせてくれますね。

このあたり一帯は「アドベンチャーファミリー」というテーマパークだったそうです。私の記憶にある遊園地はここだったのでしょう。財政破綻と共に休園になり、そのまま閉園となりました。ほとんどの設備は解体・撤去されましたが、それにもお金はかかります。ミニSLの駅のホームをはじめ、設備があちこちに残されています。

ホームに立つと水上レストランが見えました。名は『望郷』です。屋根の塗装ははげていますが、外壁はそれほど朽ちていません。記憶の中にこんな風景もあった気がする…吸い込まれそうに歩いていると「どこいくの!」同行の家族に呼び止められました。

外にはステージらしき施設も残されていました。はるか未来、遺跡になってしまうのかもしれません。

夕張の炭鉱開発の起点となった炭鉱遺産『石炭の大路頭』も見られます。1888(明治21)に発見された、7mの厚さの炭層です。1938年にガス・炭塵爆発災害で161人の犠牲者を出した坑口跡も残されています。

炭鉱の歴史を伝える「石炭博物館」

石炭博物館に到着しました。観光客の姿がちらほら見られます、閉鎖されていない様子です。矢印に向かって進みます!

石炭博物館は「旧北炭夕張炭鉱天竜坑跡」を利用した、日本で唯一の本物の坑道を見学できる場所です。炭鉱で栄えた夕張の歴史を資料やパネル、ジオラマなどで解説します。1979年にオープンした「石炭の歴史村」は、財政破綻の際に、運営していた第三セクターが自己破産。紆余曲折して現在はNPO法人「炭鉱の記憶推進事業団」が指定管理者となっています。

DATA
夕張市石炭博物館
所在地:北海道夕張市高松7番地
電話:0123-52-5500
入場料:大人720円(中学生以上) 子供440円 未就学無料
開館時間:4〜9月 10:00〜17:00、 10月〜冬期休館前まで 10:00〜16:00
最終入場は閉館30分前
※2022年3月14日現在冬季休館中、GWから開館予定 

展示の中で目を引いたのは当時の写真や地図です。人の姿を見ない街とは全く違う世界がここにはありました。最盛期には11万人が生活していました。盆踊りの賑わい、尋常ではありません。炭鉱バブルを実感する一枚です。今の人口は1万人を切っています。

野外フェス並みの賑わいだ

当時の航空地図も展示されていました。石炭博物館の周囲には炭鉱の社宅がギッシリ。今は見る影もありません。今はほとんどの地が緑に覆われています。自然に還ってしまいました。

当時の地図も展示されています。カフェーやパチンコ屋などが軒を並べ、人とお金が行き交っていた時代があったのです。キャバレー「アマポーラ」気になります。

全国各地から夕張に出稼ぎ労働者が集まりました。夕張と東京、大阪が繋がっていた時代があったのです。60年で世界は大きく変わってしまうのですね…。

エレベーターで地下に進むと、いよいよ坑道です。マネキンの坑夫たちが、令和の今も炭鉱採掘を行っています。汗の匂いが感じられそうなリアル。夫婦で作業をしている姿も見られました。

採掘ドリルの実演も行われていました。閉山するまで炭鉱で働いていた方が、内部の解説と操作をしてくれます。この北炭夕張炭鉱は、1981年に93人の犠牲者を出すガス爆発事故が起きた場所です。翌年に閉山し、夕張市の石炭産業は一気に消滅に向かいました。その歴史の生き証人です。肉体労働は危険と隣り合わせだったのです。

タイムトンネルのような展示館を出ると、爽やかな空気に包まれました。針葉樹が石炭になるまでは5千万年かかるといいます。炭鉱で栄え、衰退し、財政破綻したという歴史は、夕張にとって歴史の中の一点に過ぎないのでしょう。

やっと出会えた夕張メロン

最後に道の駅「道の駅メロード」でやっと夕張メロンに再開できました。パフェとしての提供で、800円くらいでした。安くはありませんが、おそらく最後の砦…悩むのはやめて注文しました。これが大正解。夕張メロン味のアイスクリームと、ソフトクリームと、そしてジューシーなカットメロンのコラボレーション。とろける甘さと香りは、記憶に残るメロンの味そのもの。あの時代は確かにあったのです。

DATA
道の駅メロード
所在地:夕張市紅葉山526-19
電話番号:0123-53-8111
営業時間:09:00〜18:30(5月〜8月16日)、10:00〜18:30(8月17日〜8月31日)、10:00〜18:00(9月〜4月)
休館日:毎週月曜日(5月〜7月30日、8月1日〜8月16日の期間は除く)、1月1日〜1月5日、1月31日、4月30日、7月31日、10月31日、11月18日、その他臨時休業あり

廃墟が消えてしまう前に夕張へ!

炭鉱で栄えて、「炭鉱から観光へ」転向して、そして財政破綻へ。札幌や富良野といった華やかなエリアが北海道の「光」ならば、衰退する夕張は「影」でしょうか。でもその昔は、夕張も強い「光」を放っていたことを、石炭博物館の展示がリアルに教えてくれました。

夕張の各所に残る廃墟感漂う建造物は、いつ解体されてしまうかわかりません。新千歳空港からレンタカーを利用すればたった60分で夕張に到着します。この地上から夕張の盛衰の名残が消えてしまう前に、ぜひみなさん自身の目で見にいってみてください!そして時期(6〜8月)が合えば、夕張の希望の象徴、甘〜い夕張メロンも食べていってくださいね。

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