長崎と言えば、カステラ・チャンポン・トルコライス…など、独特な名物料理が多い県だなぁという印象を持つ人が多いことでしょう。いや、わたくしもそのひとり。
中華街があるので中華料理もひとつの名物と言えるでしょう。
これらの長崎独自の料理は、すべて長崎の歴史が育んだ食文化。日本中を探してもこのような不思議な食文化が形成された県は他にありません。
そんな長崎を卓上で表したかのような「卓袱(しっぽく)料理」は長崎を訪れたら必ず食べるべし!
名物を再現しているような観光客向けのお店もありますが、やはりツウを気取るなら「昔から本当にこのスタイルで提供していました!」という本物の料亭を選びたいもの。もしあなたが彼女を連れての旅行だったら「さすがー!」と思わせるチャンスだし、グループ旅行なら「任せて良かった!」なんて言われちゃうこと請け合い。
さて、本物の卓袱料理の世界へ、いざ!
卓袱料理とは?
長崎の食文化そのものを表す卓袱料理は、日本史の授業でも出てきましたよね。長崎の名物だとは言え、その後、日本の食文化にも大きな影響を与えたため、授業に登場するほど重要な扱いを受けている料理です。
ポルトガル・オランダの南蛮料理の影響
長崎は16世紀から17世紀にかけてポルトガルとの貿易を行っていました。時は伴天連(バテレン)追放令や、キリスト教禁止前の穏やかな時代で、後に出島に押し込められることも知らずに、ポルトガル人は長崎の町で普通に暮らしていました。
その時伝わったものこそ「南蛮料理」。南の野蛮人料理みたいで、今考えれば「それって悪口…」的すごいネーミングですが、カステラ・天ぷらなどポルトガルの料理が伝わります。そう考えると「鳥南蛮」も「南蛮」。野蛮人と言いながらも、長崎から伝わった南蛮料理にすっかり影響を受けてしまった日本人。日本の食文化も大きく変わるきっかけになったのです。
ポルトガル人はその後、豊臣秀吉の時代に日本から追放されてしまいますが、その後は出島でのオランダ人との貿易が本格化。出島にいるオランダ人に招待された日本人が、お土産に家に持ち帰ったオランダ料理が、長崎ではターフル料理と言われ広まることになります。
オランダ語でテーブルという意味だというターフル。テーブル料理って言われてもピンと来ないかもしれないですが、長崎のリアル歴史テーマパーク(?)出島にはこんな絵が残されています。
畳の上にテーブル置いて食べる料理っていうこと?と思うかもしれませんが、もう一つ、当時の日本では考えられない違いがこの絵の中に隠されています。
はいっ!なんでしょうか?ん?帽子をかぶって食事する…?違います!
日本では当時、あらかじめ一人分ずつお膳に分けられた料理を食するのが一般的でしたが、オランダを始めヨーロッパでは大皿から取り分けるスタイルでした。
もしオランダ人がこの文化を日本に伝えなかったら、日本ではいまだにかっちり一人分に分けられた食事をしていたかも?煮物や肉じゃがも大皿で出せない雰囲気だったりして?などと、妄想は果てしなく広がってしまうのです。
ちなみに長崎市ではお祝いの席などの集まりごとで「シッポクにしよう!」と言うと、皆で料理を持ち寄って、大皿に盛り付け、いただくスタイルを指すのだそう。
中国料理の影響
卓袱料理は当時「唐」と呼ばれていた中国の料理にも大きく影響を受けています。「卓袱」という名前についても中国の影響。考えてみれば日本全国にその名前はなく、長崎独自の言葉であることは理解できます。
出島に押し込められていたオランダ人とは異なり、1689年には唐人屋敷まで建築してもらえた唐人。さぞやオランダ人は羨ましかったとは思いますが(かわいそう)、そんな唐人の影響で、長崎は生活の中に色濃く中国文化が入ってきたのです。
卓袱文化という名前も中国から。豚・鶏・アヒルほか羊など、肉を食べる文化も伝わり、長崎では豚の飼育も始まります。
唐から伝わった普茶料理(精進料理)も伝わり、今でこそ当たり前に和食に使われているインゲン豆やタケノコが唐から伝わります。えっ?インゲン豆やとタケノコって日本のものじゃなかったの?という衝撃が大きいですが、それを伝えた人に、今も会えるのがこちら長崎市の興福寺。
こちらが江戸時代初期に中国から招かれた、中国臨済宗の隠元さん!
タケノコ大好きな筆者ですが、本当にこれは衝撃。日本の食文化は長崎を訪れていた外国からの人たちによって大きく花開いていったのですね。日本にインゲンやタケノコを伝えてくれてありがとうございます・・・隠元さん。
ポルトガル・オランダ・中国。これらの国の食文化が当たり前のように日常に取り入れられた長崎。そしてそれが具現化されている料理「卓袱料理」…一体、どんなものなのでしょうか!胸が高鳴ります。
DATA 東明山 興福寺 所在地:長崎県長崎市寺町4番32号 公式サイト:東明山 興福寺
長崎最古の料亭「一力」
長崎には長く続く料亭がいくつかあります。今回はランチを豪華に、ということで本格的な卓袱料理をいただきに、料亭「一力」へ。
一力は長崎最古の料亭で、創業は1813年(文化10年)。200年以上続いているというから驚きです。
その頃は丁度、幕末前の時代で、その後幕末の主役となる多くの維新の志士たちが、長崎へ集い「日本の夜明け」について語り合っていました。一力ではあの高杉晋作や井上馨、そして坂本龍馬も訪れ、卓袱料理を食べながら長崎にやってくる文化の進んだ国々と日本を比較しつつ、日本の在り方について討論していたのだそう。
幕末マニアや歴女の皆さん!龍馬も食べたであろう卓袱料理を食べないと、幕末は語れませんよ!
一力の今ある建物は大正時代に建て直したもの。それでも100年以上の歴史があります。
大正から昭和にかけては歌舞伎の長崎興行時に多くの名歌舞伎俳優が食事をし、宿泊する料理旅館の役割も果たしていました。利用者には五代目中村歌右衛門・六代目尾上菊五郎・初代中村吉右衛門や松本幸四郎ほか、誰もが知っている名前が連ねられています。
もちろん、この地に根付く長崎最古の料亭だけに、県外からやってくる著名人や観光客だけではなく、地元の人も多く使っています。
少し前の時代は結婚披露宴、そして現在は法事や還暦祝いなど親族の集まる日など、ファミリーイベントに欠かせない場所でもあるのです。
卓袱料理は「和洋中折衷」
本来、卓袱料理は円卓を囲んで大皿から料理を取り分けるもの。残念ですが2022年3月現在は、コロナ禍のため、料理は一人ひとり懐石料理のスタイルにアレンジされています。この料理の出し方で本来の卓袱料理の良さが楽しめるのかなあ、などと不安に思っていましたが、とんでもない!全然楽しめます。
料理はポルトガル・オランダ・中国・日本の和洋中折衷の魅力と、長崎らしさが存分に味わえるものばかり。
訪れたのは1月だったこともあり料理はお正月仕様。
お鰭(吸物)はお雑煮で、取肴は黒豆・菊花蕪・田作り・数の子。オランダ料理のスープのように、お鰭は全部いただいた後でなければ、食事を前に進められないのだとか。
おせち料理など作れないかわいそうな筆者。やっとお正月らしい料理がいただけ、2022年もいい年になりそうな予感しかしません。ありがとう、一力さん。
長崎は白身魚の刺身が美味しすぎる!
お刺身はヒラスとマグロ。マグロに至っては贅沢にもトロで、つやつやに光り輝いております。
食してびっくり。白身魚のヒラスなんですが、東京在住の筆者がこれまでいただいた中で一番おいしい白身に感じました。何が違うって歯ざわりです。弾力が強く、こりっこり。
長崎を訪問するまではお刺身は「白身よりトロがいいなあ…」というミーハー舌だったのですが、この一皿で考えが変わりました。とにかく、長崎ではヒラスを食べるべし!
実はこの日、鯛茶漬けを朝食でごっそりとおかわりをして楽しんでいたのですが、使われている鯛の食感もコリコリでした。長崎出身の友人に確認したところ「東京に来て何がショックだったって、そこそこ良いお店で食べても、刺身がコリコリしないところなのよねー」とポツり。
長崎には食通だけに留まらず、新鮮な魚の食感を楽しむ文化があるそうで、お醤油も濃いめ。刺身にべったりとお醤油をつけるのではなく、ちょっとだけ、甘めの濃い口の醤油をつけて食べるのが一般的なのだとか。
長崎というとご当地グルメが多く、チャンポンや皿うどんなど長崎独自の味を極めたくなる気持ちが強くなりますが、いやいや長崎は刺身なんじゃないか?と考え方を改めました。
意外と知られていませんが漁獲量は北海道に次いで2位で、獲れる魚の種類は日本1位なんです!
今度は刺身を食べに長崎に帰ってこようと誓う筆者でした。
これぞ長崎!ハトシや角煮が登場!
お正月の料理ということも相まって、いや、和食の懐石料理じゃないか、の進行ぶりですが、ここで真打が登場。焼物として出てきた角煮・ハトシ、そして一力の名物である紫陽花揚げ!
これこれこれ!和洋中折衷を求めての卓袱料理はまさにこの皿!
角煮は中国から伝わったもの。一力の角煮は3~4日間コトコトコトコト炊き上げた逸品で、この脂身も余分な脂はほぼ抜けて上質なコラーゲンのみが凝縮されている状態です。甘めのタレも肉にしみこんでいて、大量にご飯を欲する味。
ハトシは中国との貿易で伝わったものですが、中国が東南アジアと貿易する中で、東南アジアから伝わったもの。トーストに海老のすり身を入れて、揚げたものです。
あれ?タイで食べた気がする…タイマニアの筆者、そこは語りますよ!タイにはカノムパンナークン(海老トースト)という料理がありましてね。トーストに海老をすり身を入れて揚げたもの…って同じじゃないか(笑)!
ただし一力のハトシは料亭だけにかなり手が込んでいます。ぶつ切りにした海老とすり身にした海老両方を使用。さらにエビと魚のすり身をすり入れ、卵白と山芋を合わせた状態のものも入れて揚げるというこだわりよう。そのためふんわり優しい味がするわけです。
ちなみに紫陽花揚げの方は、一般的なものはハトシのように海老のすり身を使い、小さく四角い正方形(クルトンのような)にしたパンたちで包んで揚げることで、紫陽花のように見せる場合が多いようですが、一力の場合は完全にオリジナル。中に入っているタネはグラタンです。
さくっとしたパンの中から、とろりとしたグラタンが顔を出す瞬間、思わずうっとりしてしまいます。うーん、ワインを飲みたいなあ…。
永遠に食べていられるナマコポン酢
干し海鼠(ナマコ)を戻し、細かく切り、酢の物にしたものこそナマコポン酢。筆者、海鼠は初体験。はっきり言うと、ちょっと食べるのが恐いくらいビジュアルに嫌悪感がありました。だって皆さんも知っている通り海鼠と言えば元の姿がこちらなんですよ。
コリコリして美味しいぞー、なんて昔父親に食べさせられそうになり、泣きながら逃げまくった記憶があります。しかしなぜでしょう。私の目に前にあるそれはとってもお上品。
一口いただいて、もうひと口、もう一口、あれ?あれれれ?全然箸が止まらない。なぜって?コリッコリで口が次のコリッコリをどんどん求めるんですよ。酢もいい塩梅で、すっぱすぎず、紅葉おろしが丁度いい辛さでバランスよくて…ああっ!どうしよう。このまま箸を使わずちゅるっと口の中に入れて一度に全部コリコリしたい!誰もいなかったら絶対やっています!
そして誰か!お願い!辛口の日本酒をちょうだい!冷でね!
干し海鼠は日本から中国に大量に輸出されていたもの。特に長崎の大村湾の海鼠は有名で「日本一美味しい!」と讃えられることもあります。
日本では酢の物で食べることが多いですが、中国では煮込みや炒め物にして食べるそうで、古くから日本の海鼠を輸出していました。長崎ではお正月などに普通に干し海鼠を食べていて、長崎歴史博物館に再現された鎖国の頃の長崎の家には、軒先でこのような食材を干している光景が。
江戸時代と言えば貧しい藩では一揆なども起きていた中、貿易港として食材にも恵まれていたことがわかります。
お恥ずかしながら筆者はここ長崎で海鼠デビュー。もし長崎を訪問しなければ、海鼠を食べる事は一生なかったかもしれません。こんなに美味しいものを知らずに人生を終わるところだった…。危なかったです。
甘いお料理やお味噌にびっくり!でもこれが長崎の味
更にごちそうは続き、コロナ禍の感染防止策でなければ大鉢から取り分けるであろう料理も各々の器に乗って登場。鰻真薯・信田巻き・水晶海老・里芋六方・獅子唐…おいしそう。揚げたり、蒸したり一つひとつの料理法が異なる食材を、餡をかけて統一感を出しています。餡がほんのりと甘め。関東でいただく餡をかけた料理とは一味違って感じます。
実のところ、今日の献立の中で一番衝撃を受けたのは、この後…ご飯と一緒に運ばれてきた留椀でした。衝撃のあまり撮影を失念(泣)!
実は、お味噌汁がとても甘かったのです。しかし、長崎の人にとって甘いお味噌汁がごく普通。味噌自体が甘めに作られているのです。
長崎は料理が全体的に砂糖多めで作られています。それにはポルトガル・オランダとの貿易が本格的になり、鎖国時代に大量の砂糖が出島から街道を通り、江戸へ送られた歴史に端を発します。
オランダ人は出島勤務の通訳や長崎奉行所の役人を時に食事に招待することもあったそうで、彼らにお土産として砂糖を持たせたり、出島に出入りしていた丸山町の遊女にプレゼントとしてお菓子や砂糖を持たせました。長崎の町に彼ら彼女らを介して砂糖が広まっていきますが、当然砂糖は贅沢品。
砂糖をたっぷりと入れたお料理は、とても貴重で贅沢なもの。その味がずっと受け継がれているのです。
ということは…デザートの水菓子も、とっても甘いのでは?と思ったら、そこはさすがとうなる繊細な甘さのいちごゼリー。いちごの種のつぶつぶ感もしっかりと残っています。
最後に出てくる白玉入りの汁粉は濃厚でまったりとした甘さ。2つの甘味を〆に楽しませてくれました。
長崎検番の芸妓とのおしゃべりや舞も料亭ならでは
歴史ある料亭と言えば、芸妓衆の舞を楽しむことができる場でもあります。この日は長崎検番から、ベテランの芸妓さん2人と、地方(じかた)と呼ばれる三味線などをメインに演奏する芸妓さん1人が来てくださいました。昭和初期に『長崎ぶらぶら節』という曲で長崎検番からデビューした芸妓さんがいるほど、芸に長けた芸妓さんが多いんですよ!
芸妓さんを呼ぶことができるのは長崎検番と契約している料亭のみ。宴会の席だけではなく、親族の集まりなどにも呼ばれるという長崎検番の芸妓さんたちは、京都などの芸妓さんと異なり、祝い事を盛り上げてくれる存在として親しまれているのでしょう。おしゃべりも上手で、食事の間も楽しませてくれます。
自分たちが舞うだけではなく、お客さんも飛び入りで舞台に上げてしまう、アドリブ枠の広さもお持ちです(笑)。
教え方も上手なので、あっという間に芸妓さんの後ろで…
軽快にお囃子できちゃう!
また、食事を終えて料亭を去る際には、『送り囃子』でお別れをにぎやかに演出してくれます。これ、あこがれのシチュエーションですよ…当時の遊び好きな文豪や政治家になった気分。また、長崎を去りがたい気持ちにさせてもくれます。
一度は経験したい長崎の料亭での芸妓さんたちとのひと時ですが、諸々含めると花代(ギャランティみたいなもの)はお高いので、グループでの旅行や三世代旅行など、人数が集まる際にお願いするのが良いでしょう。個人で呼ぶことも可能だそうですが、場所も選ぶので、一力のような料亭へプランを聞いて依頼してもらうのが無難です。
長崎の料亭で、芸妓さんの舞とおしゃべりを楽しむなんて、最高の思い出になりますよ!
長崎の歴史が詰まった卓袱料理で旅を特別なものにする
長崎最古の料亭で食事をしたという思い出は、長崎旅行を特別なものにすることは間違いありません。
一力では通常の懐石料理もいただけますが、やはりここは卓袱料理でしょう!
例えば旅の最後にいかが?長崎の歩んだ独自の歴史と、そこから生まれた食のルーツを学んだあなたなら、とても感慨深く一品ひとしなを味わえることでしょう。
今回いただいた卓袱料理は一人10,560円。ちょっと予算と時間が…という方はランチ限定の「姫重しっぽく」3,300円(要予約)がおすすめです。三段重に卓袱料理を詰めたものなので「ホテルの朝食、食べ過ぎた」という人も、これならOK!
長崎の料亭は長引くコロナ禍の影響で閉店するお店もあるそうです。実際に昔から食べられていた卓袱料理をいただける料亭が消えていくのは、大きな損失。
心から応援したいものです。
長崎最古の料亭の灯を、守り続けてくださいね!女将さん!
DATA 料亭 一力 所在地:長崎県長崎市諏訪町8-20 公式サイト:料亭 一力
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